学校・子どもの安全
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 10 ふるさとの学校、教育の再開へ
再開した学校 前回(本シリーズ8月3日「福島県からの教訓」)に続き、2017年7月に福島県を訪れた際の話を続けよう。 2011年3月に発生した東日本大震災において、その3次的被害ともいう福島第1原発事故において、およそ1 […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 9 福島県からの教訓
災害と歳月 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、地震による津波災害という、2次的な災害によって大きな被害を被った。その中、地震動と津波による3次的災害が発生した。それが福島第一原子力発電所事故である。福島第一 […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 8 避難訓練における被災地からのメッセージ②
避難訓練のあり方の現状 これまで、地震が発生すると「机の下に身を隠す」という指導がセオリーだった。一般的に行われる避難訓練では、地震が発生したという仮想事実に基づいた放送が流され、子どもたちは教室で机の下に身を隠す。地震 […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 7 避難訓練における被災地からのメッセージ①
2016年4月に発生した熊本地震を対象とした研究の中で、ぼくたち(松井、岡村先生)は何度も被災地に足を運んできた。そのたびに、益城町立広安西小学校の井手文雄校長先生(当時、現在は山都町教育長)をはじめ、さまざまな人と出会 […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 6 災害時における教師の職業的有能性
本シリーズの前回の投稿(7月29日 シリーズ5)では、震災発生時に突然「避難所」となった学校の実態について述べた。その様子について、井手先生(シリーズ1を参照)は当時について、 「学校に駆けつけたらすでに運動場は車でいっ […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 5 学校が突然、避難所になったとき
前回の投稿(7月28日 災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 4 「災害救援者」としての教師の役割)では、教師は災害時における職業的災害救援者ではないが、それでも災害時に […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 4 「災害救援者」としての教師の役割
本シリーズ前回の投稿では、災害時における「避難所」としての学校の役割について述べた。そして、そこにいるのは「教師」である。小学校が被災者のニーズと期待から避難所として運営されたとき、そこを職場とする教師たちの役割はどうな […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 3 学校・教師と避難所
震災時における教師の役割とは 地震などの災害が発生したとき、教師の役割、学校の役割は果たしてどのようなものなのだろうか。それは、法的にどのように整備されているのか。この関心は、阪神・淡路大震災における教師の姿の記録に依る […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 2 震災をめぐる教師の「使命感」と「多忙感」への着目②
本シリーズの前回の投稿では、「災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~」についてのプロローグを記述した。 今回から、本題に入っていこう。 避難所を運営した教師たち 2016年4 […]
災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 1 震災をめぐる教師の「使命感」と「多忙感」への着目①
2016年4月。応募していた研究助成が採択され、3年間の研究(安全教育をテーマに)を始めようとしていた矢先のことだった。熊本県で震度7を2回観測するという、非常に大きな地震が発生した。それまでぼくは、自身の教員として、あ […]