「正規教員が担任することを嫌がる学級を講師に担任させるという実態」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.25
前回(本シリーズ NO.24)では、TALIS2018調査において、日本はOECD参加国の中では非正規雇用教員(講師)の割合が多く、そのことが教師の自己効力感と関連があるのかどうか、という点について検討した。
だがもう一点、注目したいデータがある。
それは、「可能なら、別の学校に異動したい」と回答した教員の割合だ。
TALIS参加国平均は20%だが、日本は31%で高い値を示す。
その調査の詳細はわからないが、ノート2018には「こうした教員は常勤でない場合が多く、対象学級には社会経済的に困難な家庭環境の生徒や学業成績が低い生徒、問題行動を起こす生徒が少なからず多く集まっている傾向がみられる」という報告がある。
このような例がどれほどあるのかはわからないが、実例を紹介しよう。
M先生は小学校の教師を志し、教員採用試験を受けていた。
しかし、折しも採用氷河期ともいえる時期に差し掛かっていた。
ちなみにM先生が受験していた自治体は、現在では採用者数が約500名(令和3年度採用試験、小学校)だが、M先生が受験していた時期は「若干名」だった時もあった。
M先生はなかなか合格することができず、講師を続けていた。
同じ学校で4年間講師をしたあと、講師として別の市に移ることになった。
そこは、4年間勤めたエリアに比べると規模の大きな自治体だったが、M先生はとくに不安を感じる様子もなく、赴任前日の3月31日を迎えていた。
自宅にいると、赴任するT市立N小学校から電話がかかってきた。
「教頭のOです。明日からどうぞ、よろしくお願いします」
M先生は少し不思議に思った。
こちらから挨拶するのであればわかるが、わざわざ教頭が、1人の講師に電話して挨拶するのかと。
そして、その電話の理由がまもなくわかった。
「申し訳ないが、5年生1組を担任してほしいんです」
M先生は、さらに不可解な気持ちになった。担任をさせてもらえるのは嬉しいことだ。
しかし、「申し訳ないが」とはどういうことなのか。
教頭は続けた。
「受け持ってもらいたい5年生の1組は、大変問題の多いクラスなんです。そして、すべての先生と面談をしましたが、誰も担任を受けてはもらえなかった。だからあなたにお願いしたいのです」
M先生は言った。
「ぼくは、させてもらえるなら何でもします」
教頭は、心底ほっとしたように「ありがとう、ありがとう」と言って電話を切った。
これが、この学校の質を表している。
M先生は翌日赴任し、早々に校長室に呼ばれた。
そこには、女性の校長と電話をしてきた教頭、そしてともに学年をもつ5年2組を担任する女性教師(定年間近のベテラン教師)がいた。
沈痛な雰囲気でミーティングが行われ、出てくるのは5年1組の子供たちの課題点(単に教師がそう思っている課題、あるいは悪口)ばかりだった。
M先生の心の中は怒りで煮えくり返っていた。
(なんだ、この人たちは、この学校は。よくこれだけ子どもたちの悪口が言えるものだ。それより、担任になることを拒否するなんて、そんなことができるのか。教師失格ではないか。それを着任したばかりの、採用試験に合格していない、採用試験の勉強に取り組まなければならない講師に押し付けて、恥ずかしくないのか)
ミーティングを終えて職員室に戻るなり、学年を組むベテラン女性教師は大きなため息をつき、ああ、大変な1年になる、と言った。そしてM先生の方を向き、
「どうして引き受けるなんて言ったんですか?大丈夫と思ってるの?」
と、半ば笑いながら言った。
M先生は、この1日でこの学校が嫌いになり、ベテラン教師を尊敬できず、そして5年1組を絶対にいい学級にしてやろうと決意したという。
M先生が初めて5年1組の教室に入ったとき、明らかに教師を疑う目つき、雰囲気が教室に満ちていたという。
しかし、子供たちは可愛かった。
子供たちに対してまっすぐな目で接したM先生を、子供たちは瞬く間に信頼した。
そしてある日、1番のやんちゃ少年だったオザキ君がM先生にこう言ったそうだ。
「先生、ぼくたち、この学校の先生たちみんなに嫌われてるんだ」
M先生はこのオザキくんの言葉を聞いて、なんて罪深い教師たちなんだと思ったという。
そして5年1組は素晴らしい学級となった。
同時に、M先生はますますこの学校が嫌いになった。
職員室では管理職の悪口ばかり。
研究授業をする教師を決めるのに、みんな嫌がってくじ引きで決める姿。
M先生が作成した教材を、勝手に机からとってコピーして使うベテラン教師。
M先生は、子供たちは可愛かったが、この学校を一刻も早く離れたかった。
その願いが通じたのか、M先生はこの年、教員採用試験の狭き門をついに突破し、4月から正式な教諭として他校に赴任することになった。
M先生がそのことを、最後の懇談会で保護者たちに伝えたとき、どの保護者もショックを受け、M先生が引き続きその小学校に残れるように教育委員会に打診したそうだ。
ここで紹介した学校、教師の姿は、この学校だけの話ではないだろう。
だからこそ、TALIS2018の
「可能なら、別の学校に異動したい」と回答した教員の割合がTALIS平均に比して高くなるのではないだろうか。