災害時における教師たちのノブレス・オブリージュ ~そこにある「使命感」と「多忙感」~ 8 避難訓練における被災地からのメッセージ②

避難訓練のあり方の現状

これまで、地震が発生すると「机の下に身を隠す」という指導がセオリーだった。
一般的に行われる避難訓練では、地震が発生したという仮想事実に基づいた放送が流され、子どもたちは教室で机の下に身を隠す。
地震が収束したという放送の合図や、担任教師の合図で、子どもたちは机の下から出てきて隊列を組み、運動場へ避難する。
そこで点呼がとられ、校長か、あるいは安全担当教員から講話や注意などが話される。
これが一般的に、学校で行われる避難訓練ではないだろうか。
ぼくが小学校教員のころ、安全担当主任として疑いもせずに実施してきた避難訓練がそうだった。

現在では、初期対応のセオリーとして、地震が発生したら

「落ちてこない・倒れてこない・移動してこない」

場所に避難行動することが必要であるとされている。
東日本大震災が発生した後に、文部科学省が作成した「学校防災マニュアル」では、

「地震の揺れは突然やってきます。…(略)自分の身の回りで落ちてくるもの、倒れてくるもの、移動してくるものはないかを瞬時に判断して、安全な場所に身を寄せることが必要です。教室内だけでなく、 学校のあらゆる場所、登下校中、家庭内等においてもこのような行動をとれるようにするためには、事前の指導や訓練が 必要であり、避難訓練等で繰り返して指導することが大切です」


「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き」の作成について 文部科学省

とされ、避難訓練の重要性が改めて説かれている。

 避難訓練の重要性に異論はないが、その方法や意図において、再考し、再確認を行うことが必要ではないだろうか。
というのも、学校や教師は避難訓練に対して、「マンネリ化している」からこそ「実際場面に近い状況で行い、リアルな体験をさせなければならない」というような意識に縛られてはいないだろうか。

被災地の学校における避難訓練に対する意識

益城町の役場跡。
訪れるたびに建物はなくなり、整備されていく。
しかし、そこには人々の生活の多くの問題を孕んでいる。

今回の調査(2017年7月)で訪問した熊本市立K小学校は、熊本市内の南部に位置する。
訪問したときは、折しも九州豪雨の直後であり、その被害も心配された。
こんな時期に申し訳ありません。大丈夫でしたか。
というぼくたちの言葉に、校長先生は笑いながら
「あの地震を経験したから」
と言った言葉が印象的だった。
熊本地震による倒壊等の被害は比較的少なかった地域ではあるが、聞いてみるとやはり大きな被害があったことが伺えた。
たとえば当校の教頭先生は、地震発生後、直ちに家族を連れて学校の様子を見に行ったが、本震後は家に帰ることができず、一週間は車中泊をしたということだった。

1週間の車中泊とは、どれほど不便で苦しいものだろうか。

そして、子どもたちへのケアや防災教育について聞く中で、避難訓練についての話があった。
本来、避難訓練とはどうあるべきかを問い直す必要性を感じさせられる、示唆に富んだ話を聞くことができたのだ。

まず、震災後1年以内に避難訓練は実施された。
教員間では様々な議論があったことだろう。
子どもたちの心的側面から考えたとき、時期尚早の声もあったに違いない。
しかし、やはり訓練を行ったのは、「また次に発生したら」という思いが強かったのだ。
そこで取られた訓練の方法、意図は、「避難経路を確認する」だけの訓練を行うということだった。
そして、「リアリティ-よりもケアを優先した」訓練を行ったのである。


「それしかできない。おそらく子どもたちが、地震のことを思い出すだろうから」

そのときの話の中で、幾度か校長先生の話に出た言葉がある。
それは、「安心」という言葉だった。
「子どもたちが、安心することができる避難訓練を」という言葉だった。
それを聞き、改めて避難訓練の意義について考えさせられた。
得てして避難訓練は、そのマンネリに抗うかのようにリアルさを追求し、子どもたちが真剣に取り組むように指導する。
しかし、本当に大切なことは、子どもたちが避難訓練を行うことによって、「安心する」ことなのではないだろうか。
「避難訓練中にふざけていたら、本当に地震があったときに命を失うかもしれない」という恐怖心を題材にした教育もときには必要だろう。
しかし、最も大切なのは、

「先生やみんなと、地震があったときの避難経路や行動を確認したから、もし地震がきても大丈夫だ」

という安心感なのであり、それが子どもたちの生命を支える礎となるのではないか。
避難訓練のあり方について再考し、再確認することの必要性を示唆する、まさしく被災地からの大切なメッセージだ。

(次回へと続く)

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