学校の反脆弱力⑥ 「それぞれの『脆弱性』」

「いかのおすし」の脆弱性

「いかのおすし」は、言わずと知れた安全標語の一つで、全国の学校等で長年にわたって安全指導のツールとして活用されてきている。
この標語は警察が作ったもので、そのキャッチーな響きが防犯指導をする上で、教師にとって有益なものとなった。
元来、犯罪から身を守るということへの指導には、犯罪の性格がもつ「闇さ(くらさ)」が存在する。
だから指導しにくい。
それを、「いかのおすしを覚えておきましょう」という、滑稽さを伴った指導が払拭したと言えるだろう。

しかし、「いかのおすし」を活用した指導が、子供の安全において何らかの効果を生み出しているかどうかは、検証されてこなかった。
そもそも、「いかのおすし」の効能、効果について検証することは難しいが、今後取り組んでみる価値はあるだろう。

ここでは、「いかのおすし」による安全指導が「脆弱性」をもつことについて、一つの実践と子供の姿から論じてみよう。

私は毎年、ある小学校で防犯教室なるものを低中高学年別で実施している。
低学年では登下校の安全について、中学年では事例と画像から防犯の視点づくりの学習を行い、高学年では過去の事件を教訓にした「いのち」をテーマにした学習を行う。

「いかのおすし」の脆弱性を示す低学年の実践について紹介しよう。

まず授業の初めに、1枚のプレゼンテーションを示す。

(    )には、ついていってはいけません。

ここで1年生の子供たちは、大きな声で連呼する。

「知らない人!」

これは、「いかのおすし」の「いか」の部分に当たるもので、「知らない人にはついていかない」を示す。
子供たちに、どれほど「いかのおすし」の教えが浸透しているかわかる一幕だ。

次に、1枚のイラストを提示する。
そこには、1人の小学生と、お腹を抑えてかがみ込んでいる女性らしき影が描かれている。
そして、このようなセリフを影の女性が言う。

「お腹が痛くて動けません。すぐ近くだから、一緒に荷物を持ってくれませんか?」

そこでワークシートに、自分ならどう対応するかを書かせる。
そのほとんどの子供は、
「逃げる」「無視する」「大声を出す」
など、「いかのおすし」をセオリーとした行動を記す。
そして、ロールプレイを行う。
自身が記述した行動を、実際に前に出てやってみようと。

まず記述した内容を言わせる。
「ぼくは、逃げます」

そこで私が声をかける。
「お腹が痛いから、近くまで荷物を持ってくれないかな」

子供はじっと立ちすくみ、黙ったまま動かないでいる。
もう一度語りかけると、
「ちょっと急いでいるのですみません」
と丁寧に頭を下げて、横を通り抜けていった。

このように、子供たちは「無視する」ことも「逃げる」こともしない。
このことを続けているうちに、ある子供がこんな言葉を口にした。

「本当に、お腹が痛くて困っていたらかわいそう」

大人は子供たちに、
「知らない人から声をかけられたら無視しなさい」
「きちんと挨拶をしましょう」
「困っている人は助けてあげましょう」
と教える。

子供たちは、言葉だけでその教えを頭に叩き込まれている。
しかし、どういう他人が「知らない人」なのか、「大声を出す」のはどんな声で、どのタイミングなのか、また、それは簡単にできることなのか、難しいのか、言葉だけでは実践できない。

「いかのおすし」の脆弱性は、「言葉だけ」で安全対策ができる(できている)と、大人も子供も勘違いしているところにある。
その勘違いは、子供の安全において脆弱性を生み出し、それは不安全に繋がっていく。

しかし、その脆弱性を理解し、「いかのおすし」を一つずつ、いろいろな場面を想定しながら学習し、理解すれば、脆弱性は緩和されるだろう。
その学習とは、「いかのおすし」の意味を徹底して覚えさせることではなく、「知らない人」とはどのような人を指すのか、車に乗らないとは、たとえば友達の親ならどうするのか、大声を出すタイミングや大きさは、「逃げる」とはどのような場面で実践するのか、などを、さまざまな場面をシミュレートしながら探究的に学習することである。

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