「変容する教師の価値」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.4 

今から(2021年6月現在)4年前、ぼくがゼミ生の教育実習訪問に行った時のことだった。
そのゼミ生(S子)は、元々の学力はさほど高くはなかったのだが、それを補って余りあるほど人間性に優れ、全国規模で活躍する部活の、部員80名余りを統括する長を務めていた。
教師を志してぼくが勤める大学に入学し、大学の教員たちからも将来を嘱望されていた。
ぼくはS子が教師になることを疑いもしなかったし、本人もそうだった。教育実習訪問も、ぼくとしては彼女の教師としての資質を改めて確認しに行くようなもので、何の心配もなく訪問した。

ところが実習校の校長先生と話してみると、それほどいい話が聞こえてこない。どちらかというと、校長先生が話すS子の印象が、ぼくの知っている彼女とは違っていて戸惑った。

教室に行くと、S子は得意とする音楽で研究授業をしていた。
ぼくが見にきたこと、研究授業であることという緊張感を差し引いても、その様子は本来の彼女のものではなかった。
ぼくは、自分が見ていない小学校での3週間の間に何があったのかと、不可思議な、インビジブルな何かを探しながら授業を見ていた。

授業が終わり、授業の振り返りをするために、学生が控え室や授業準備をするために与えてもらっている部屋に入った。まずどのように言葉をかけようか、一瞬、思案したときだった。

「先生、わたし、教師になるの、やめようかな」

「何が」教師になる夢を色褪せさせているのか

部活の長を務め、全国大会に出場しながら教師を目指していた学生。なぜ教師の夢から冷めたのか。

授業を見ながら、インビジブルな「敵」のようなものを探しながら、ぼくの中で最悪の仮定をした言葉がそれだった。
その時に彼女が発した言葉を聞いた瞬間から、今日、今このときまでずっとそれがひっかり続けてきた。
もちろんリアリティーショックのようなものもあることは承知の上だったし、S子の言葉をその一つであると捉えることもできただろう。
しかしそれが原因ではないことは明らかだった。
なぜなら彼女は、理想と現実の違いを目の当たりにし、ショックを受けたとしても、「やっぱりこんな感じか」と笑いながら、自己の内面でその差異を修正する能力は十分に持ち合わせていた。


ではなぜ、長年の夢をたった3週間でなきものにしようとするのだろう。
ぼくは努めて冷静を装い、どうしてそう思ったのかと、目の前で、これまで見せたこともない気弱な表情を浮かべているS子に尋ねた。

「やっぱり子供たちはかわいいし、授業を考えることをは、難しいけどとてもやりがいを感じます。授業をすることも、なかなかうまくできないけど、それでも楽しい」

ぼくは内心、安堵した。
教師としてもっとも根幹となる資質について、それが崩れてしまったわけではなさそうだ。
ではなぜ、「教師になるのをやめようか」という究極の答えを自身の中に作ってしまったのか。
彼女の中に生じてしまった闇は、意外なところにあった。

ではなぜ、と尋ねたぼくに、S子はとても言いにくそうに答えた。

「職員室が・・・。職員室にいるのがしんどい。先生たちはみんな、ずっとバタバタしていて大変そう。誰にも笑顔がない。口を開けば愚痴や悪口。正直言って、こんな学校、先生たちの中にいる子供たちがかわいそう」

「教師って、学校って、もっと輝いているものと思ってた。でも違った。私も教師になって、その大変さの中で輝きを失って、毎日をつまらなく過ごすのは嫌だ。そんな人生を送りたくない」

甘いと言ってしまえばそれまでだろう。
そして指導の常套文句、「どんな仕事でも大変なことには変わりないものだよ」という当たり前のことは学生もわかっている。
だからぼくは言葉を失ったし、S子が職員室に抱いた印象を否定できなかった。
ぼくはその時、不謹慎にもその学校を、もちろん責めるわけではないが恨んだ。

なぜ、この有望な学生に夢を与えてやってくれなかったのかと。

次回に続く

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