「学校・教師のイノベーションへのいくつかの提言⑥〜メリーゴーランドを降りよう〜」 教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.83

No.82では、学校や教師のイノベーションの困難さについて述べた。
だが、そこに「科学」と「勇気」があれば、イノベーションは可能になるのではないか。

そこで今回は、ある教育のイノベーションに向けて、「科学」と「勇気」を持って取り組むひとつの例を紹介しよう。

スラムの子供たちが示す「可能性」

インドの教育科学者であるスガタ・ミトラ(Sugata Mitra)は、TED2013で「クラウド上に学校を」(Let’s Build a school in the Cloud)を発表し、TED賞を受賞して100万ドルを手にした。

このスピーチには、現代教育をイノベーションする大胆なプランが示されている。
それと同時に、スガタ・ミトラはそのプランの有効性を実証するエビデンスを得るために、大掛かりな実験を手掛け、教育の新たな視点を見出している。

では、100万ドルの価値ある「クラウド上に学校を」は、どのようなスピーチだったのだろう。
ぼくはこの動画を何回も見ているので、自分なりの解釈を加えながら紹介しよう。

スガタ・ミトラはまず、大きな疑問を抱いた。
裕福な家庭の子供はは役からテクノロジーを手に入れる。
それをあやつる我が子を見た親は、私の子供は才能があるのかも、という。
「金持ちの家には天才が多いのか?」(聴衆から笑い)
「では、貧しい子供にはその才能がないのか?」

そしてスガタ・ミトラは、とても刺激的な発言をする。

“School as we know them are obsolete”
学校は時代遅れだ

そういった後、スガタ・ミトラは注釈を加える。
「学校という造り(構造)はあります。ただそれは、古くて使い物にならないのです」

このスピーチは2013年のものだ。
その時には既に、「学校は時代遅れ」だと言っている。
ここでスガタ・ミトラが言っている「使い物にならない構造物」とは、現在の学校のカリキュラムであり、そのカリキュラムに基づいて指導する教師そのもののことだろう。

そしてスガタは、ニューデリーの研究室の横に見えるスラム(貧困地域)を見ながら思った。

「スラムの子供たちは、プログラミングを習得することがあるのだろうか」

そして、こうも言った。

「そもそも、その必要はないのか?」

ちょうど、今次学習指導要領の改訂で、プログラミング学習が導入されている。
プログラミングをほとんど学んだことのない教師に、プログラミングを教えろという学習指導要領の改訂だから、現場教師の疲弊感は高まる。

そのプログラミング学習について、スガタの研究実験は、ぼくたちに強烈な示唆を与えた。

疑問を持ったスガタは、ニューデリーのスラムの壁にコンピューターを埋め込んだ(Hole in the Wall)。
英語もインターネットも知らない子供たちにコンピューター設置した。

「これは何?」
「知らないんだ」
「どうやって使うの?」
「わからないんだ」
「どうして、ここに置いたの?」
「ただ、置いただけ」

そしてスガタは、そこから姿を消した。
8時間後にそこを再び訪れると、子供たちは互いにコンピュータープログラミングを教えあっていた。

驚き、その結果に疑心暗鬼だったスガタは、別の場所で同様の実験を行った。
泊まるところも何もない土地だったので、そのままコンピューターを置いて帰った。
数ヶ月後にその土地に戻ると、子供たちはスガタに言った。

「もっと早いブラウザやマウスはないの?」

コンピュターを見たことも、触れたこともない子供たちが新たな道具を試行錯誤で会得し、ゲームをしていた。

「どうしてやり方がわかったの?」

とスガタが問うと、子供は不機嫌な顔をしてこう言ったそうだ。

「このマシンが英語しか話さないから、仕方なく英語を覚えたよ」

可能性を無限に感じたスガタは、別の研究実験を実施した。
「インドの、英語を話せない子供たちは、コンピューターを置いておくだけでDNA複製の生命工学を学ぶことがあるのだろうか」

この実験は、スガタにとっては逆説的な実験で、「やっぱり無理だろう。教室には教師が必要なんだ」というための実験だった。
しかし、結果がさらに逆説的だった。

相変わらずスガタは、その村にコンピューターを設置して、「何のためかよくわからないんだ」と子供たちの好奇心には答えずにその場を去った。

数ヶ月後、習得に関するテストをすると予想通り0点だった。
子供たちは、「何もわからない」と言った。
そしてスガタが「何もわからないのに、何をしていたんだい?」
と聞くと、子供たちはこう答えた。

「何もわからない」

スガタは、やはりと思いながら聞いた。

「そうだろうね。ところで、わからないと思うまで、何日ぐらい頑張ったの?」

すると子供たちは言った。

「今でも諦めてないよ。ずっと見てる」

そして言った。

「DNA分子の不適切な複製で疾患が起きること以外は、何もわからないの」

5. メリーゴーランドを降りて、イノベーションに踏み出そう

このスガタ・ミトラの壮大なる教育研究は、SOLE(Self Organized Leaning Environments)自己学習環境のシステムを生み出した。

要するに、子供たちに学習環境を与え、そっと背中を押すだけで、子供たちは学びの冒険に自ら出かけ、そして想像以上の成果を得るということだ。

それをスラムの子供たちが実証してみせた。
学年も、年齢も関係なく、学びを楽しみ、習得し、互いに教え合っている。
その間に教師が介入したのは、「コンピューターを与え、放っておき、たまに声をかける」ことだった。

ここには、これからの授業や学校の姿があるのではないだろうか。
学校改革、授業改革という政策や取り組みは、すでにこれまでの形態を抜け出すことができていない。
「個別最適な学習」というが、本質的には何も変わっていない。
じつは、ぼくたちの国では教育も社会も停滞したままであり、同じところをぐるぐる回っているメリーゴーランドなのではないか。

そろそろ思い切って、メリーゴーランドを降りなければならない。
ポリティカルな学校教育では何も変わらないだろう。
今こそ学校現場で、いや、教室単位で、1人の教師がイノベーションを起こし始めよう。

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