訓練の失敗と教師のプライド
今回は、ぼくが研修講師として未熟だったこともあって起きてしまった、ある学校での研修の様子について話したい。
「こんなことして、意味はあるのか」と言った教師
ぼくがまだ、大学の教員ではなく小学校の教師(附属池田小)だった頃の話だ。
ある中学校の不審者対応訓練の講師として呼ばれ、その学校に出向いた。
冒頭で、「ぼくが研修講師として未熟だった」と書いたが、若かったこともある。
この学校の研修の姿勢に最初、少々腹がたったことも原因の一つだ。
ぼくは担任する学級の授業を仲間にまかせ、研修講師をする中学校に向かった。
午後4時からの研修だった。
ぼくは少し早めに到着し、管理職や安全担当教員と現状について話し、研修の中で話す内容について吟味していた。
4時になり、研修会場に案内されてその教室に入った。
たいていの研修では、ぼくが校長先生から紹介され、簡単に挨拶をし、先生たちが訓練をし、ぼくが講評する、という流れになる。
さて、教室に入ると研修開始時間にもかかわらず、全員が揃っていない。
安全研修担当の先生が、申し訳なさそうに「順次、集まってくると思います」と言う。
ぼくに言わせると、すでになっていない。
研修に臨む姿勢が良くないし、遅れても平気と言う文化。
すでにぼくの中で、メラメラと変なエネルギーが燃えてきてしまった。
そして、ぼくの変なエネルギーを確定させてしまった光景を見た。
研修講師のぼくが目の前で全員が揃うのを待っている中、目の前で足を広げて座っている、ぼくよりはるかに年上の教師が、チョコレートを食べ始めた。
ぼくの変なエネルギーは爆発した。
訓練は、やはり惨憺たるものだった。
へらへらと笑いながら、真剣さが全くなかった。
ぼくは、こんな学校が近くにあったのかと驚嘆していた。
終了後の講評でぼくは、
「この学校ではたくさんの子供が犠牲になる」
と言った。
これは効いただろう。
教師の姿勢は子供の命に直結することを、知ってほしかった。
すると、何か大きな音が聞こえてきた。
バシっ バシっ バシっ
30歳前後の若い教師が、ふんぞりかえって座り、訓練で使った剣道の竹刀を机にリズミカルに叩きつけていた。
そしてこう言った。
「こんな訓練なんかして、なんの意味があるねん」
とても残念な行為と発言だったが、明らかに彼の自尊心を、ぼくが傷つけたことはわかった。
彼の教師としての自尊心が、大きく傷ついたのだろう。
でも、それが狙いでもあった。
程度の低いプライドなんて、守るに足らない。
だが、その傷つきは教師としてのプライドでもある。
子供の命を守れない教師、と言われたことは、教師としての根源的なプライドを傷つけられたことになる。
だから腹を立てた教師には、そのプライドがあったということなのだ。
その中、1人の女性教師が手を挙げて発言した。
「今日の研修で、自分たちがどれほど至らなかったのか実感できました」
1人でも、そのように考え、行動する教師が増えてほしいと思った。
ちなみに、研修終了後、竹刀を叩きながら暴言を吐いた教師の行動について、管理職からぼくになんの言葉もなかった。
そのようなリーダーシップが彼の態度を生んだのではないか、と言う気がした。
これまでに多くの研修講師をした中で、唯一の残念な研修だった。
つまらない話題だが、ここから学ぶものはある。