「同調圧力」と大学生の人生について③

前回、「同調圧力と大学生の人生について②」では、この話題の主人公Nが、実は教員採用試験を「受けたフリ」をしているのではないか、という話をした。
その続きを話そう。

学生は言った。「先生、ぼく、ユーチューバーになりたいんです」

ぼくは、Nと研究室で向き合っていた。
ぼくの「カン」では、Nは◯◯県の教員採用試験は受けていない。
でも、もうそれはどうだってよくなっていた。
なぜなら、Nがそんな嘘をついていたなら、嘘をつかせたのはぼくであり、大学であり、それらが作り出した「同調圧力」だからだ。
ぼくに、Nが嘘を言っているのか追及する資格もないし、責める資格もないし、意味もない。

ただ、この先の彼の人生について、話をしたかった。
ぼくはNに聞いた。

「本当は、どうしたいんだ?講師をして、ゆくゆくは教師になるのが夢なのか?」

(違うだろう?)というニュアンスが滲み出ていただろう。

Nはカンボジア研修で海外の日本語教師という職に関心を持ったことがあった。
また、海外への留学で多くの仲間と知り合い、刺激を受け、「起業したい」という思いも持っていることはわかっていた。
そしてその頃、NがYouTubeに精を出していることはゼミの学生から聞いていた。
だからぼくは、Nが教師になることが想像できなくなっていた。

そしてNは、ぼくにこう言った。

「ユーチューバーとしてやっていきたいんです」

「先生のおかげです」と言ってくれたとき

ぼくは、Nのその思いの告白を聞いたとき、自分の中で何かが吹っ切れた。
誰が、この若者の将来を否定できるのだろうと。
誰にそんな資格があるのかと。

その後、カンボジアで日本語教師をしたいと言っていたことを思い出し、卒業前にぼくはNに、ユーチューバーをやりながらカンボジアの日系企業で働いてはどうか、と提案した。
彼は顔を紅潮させて、「行きたいです」と言った。

それは2020年2月のことで、コロナがぼくたちの元に歩み始めていた時期だ。
ぼくがよく知るカンボジア在住の日本人起業家に連絡し、オンラインで面接を複数回実施され、Nの採用が決まった。

全国に緊急事態宣言が発出される前、2020年3月にNは単身カンボジアに赴き、住まいを決めて帰国した。
その後、瞬く間にコロナ禍はNの人生の前に立ち塞がり、カンボジア渡航は断念せざるを得なくなった。

Nは、ユーチューバーとして4月から、日本で活動を本格化させた。
そして成功している。

Nが卒業し、ユーチューバーとして活動して半年ほど経った頃だろうか。
電話で話しをする機会があった。
ぼくはNに、「仕事はどうか」と、一番心配していたことを聞いた。
すると、とてもうまくいっているということだった。
ぼくは心底安堵し、「よかったなー」と言った。
するとNは、「先生のおかげです。先生があのとき、ぼくの背中を押してくれたから」と言った。
ぼくはなんのことか分からず、Nに聞いた。
ぼくはこんなことを、Nに言ったそうだ。

ヒカ○○ってユーチューバーいるだろう。
彼は、ほとんどその業種の走りだから、最初は周囲に馬鹿にされたんじゃないか?
でも今や、大成功している。
人生なんて、どう転ぶか分からないんだから、やりたいことをやり通すことが一番いい。
だから、思いっきりやりたいことをやったらどうだ。

そんなことを言ったらしいし、言った覚えもあった。
でも、それをNが覚えていてくれたことが嬉しかった。

一時はNに、「同調圧力」を押し付けていたぼくを、Nが許してくれたような気がした。

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