教育者のグローバリズムⅢ 「カンボジアの経済成長と幸福度」

2015年、2歳のスラムの子、トナンの純粋無垢な瞳に魅せられた。
2016年、3歳のスラムの子、トナンはその幼い背中に彼なりの哲学を携えていた。
2017年、4歳のスラムの子、トナンは笑顔を取り戻していた。
そして2018年、ぼくはトナンに会いに、4度目のカンボジアを訪れていた。
トナンに会いに行く道すがら、ぼくはある場面を思い出し、プノンペンの変化に気づいていた。
トナンの成長記録は次回に回し、今回はぼくが実感したカンボジアの経済成長と幸福度について話したい。

カンボジアの道路と発展

カンボジアを初めて訪れた年、ぼくは当時カンボジア・メコン大学の3年生ぐらいだったボワットと仲良くなった。
ともかく面白い青年で、いくつもエピソードがある。

彼はとてもハンサムで、頭がよかった。
プノンペンを訪れたのが初めてだったぼくは、すぐにボワットの優秀さに目をつけ、何かにつけて彼を連れ回して助けてもらった。
ある日のオフ。
セントラル・マーケットに行きたかったぼくはボワットに案内を頼み、2人でトゥクトゥクに乗って移動した。
彼に何かを話すたびに、「せんせい、今のコトバは何ですか?」と、ポケットからミニサイズの辞書とノート、ペンを取り出してぼくに聞き、メモをとり貪欲に学ぶ姿に、いちいち感動した。
「ボワットくんは、よく勉強するね。えらいね」
日本の学生たちは、こんなに貪欲に学ぶ姿を持っているだろうか。
そんなことを思いながら、ボワットに言った。
すると彼は、こう言った。
「せんせい、ぼくは高校生の頃、とてもワルい学生でした。フリョウでした。だから今は、ハンセイして勉強しています」
ぼくは吹き出したものだった。
また、カンボジア・メコン大学の皆さんとの晩餐会の時。
学生たちはみんな、それぞれ徒歩や小さなバイクでやってくる。
その中、ボワットは一際目立つ、大型のバイクでやってきて異彩を放った。
ぼくは驚き、ボワットに言った。
「すごいね、ボワット!お金持ちだね!」
すると彼は、悪びれた風でもなく、ごく自然にこう言った。
「せんせい、ぼくはタイとの国境にカフェをひとつ持っています。儲かっています」
本当に面白いやつだった。
そんな彼とトゥクトゥクに乗るたびに、気になることがあった。
いつも細身のシャツにスリムなパンツを来て、どろんこの足にビーチサンダルが彼のスタイルだった。


2015年当時のプノンペンでは、トゥクトゥクに乗るときはサングラスとマスクが必須だった。
舗装されていない道路が多く、半端ではない交通量の中で砂埃や排気ガスでしんどくなるからだ。
しかし、その中で生活している彼らはいちいちマスクなどしない。
だからボワットは、いつも咳をしていた。
聞こえてくる咳の音は、肺が侵されてしまっているような病の音がしていた。
いつも心配だった。

2018年7月 日本に留学で来ていたボワットが、ぼくの大学の研究室に突然来てくれた。

2018年。トナンに会いに行くトゥクトゥクでは、マスクもサングラスも必要としなかった。
道路はかなり舗装され、信号機が設置されていた(ほとんど誰も守っていなかったが)。
政府の観光促進政策か、ストリート・チルドレンの姿も見なくなっていた。

経済成長と幸福

2020年に発表されたIMFによるGDPの国別ランキングでは、1位はアメリカ、2位は中国、そして日本は3位だった。
台湾は21位、タイは26位、ミャンマーは66位といった順位である。
カンボジアは101位だった。
では、GDP成長率はどうだろう。
IMFによる「実質GDP成長率」では、アメリカが84位でカンボジアは85位、日本は105位だった。
このことと「幸福度」は関連があるのだろうか。
ぼくは経済学が専門ではないのでよくわからないが、直感的に、GDP3位の日本よりも101位のカンボジアの方が「幸せそう」に見える。
それでいて、カンボジアの学生が日本企業に就職したくて勉強しているのだから、これはもう、互いに「ないものねだり」なのだろうけど、カンボジアには日本がなくした何か、がまだ残っている気がする。
それは、日常的な笑顔だったり、余裕(のんびり)だったり、隣人とのコミュニケーションだったり。
メコン大学の学生と一緒にトゥクトゥクやバスに乗ると、彼らはずっと笑顔で、ドライバーとおしゃべりをしている。
そんな姿を見ながら、幸せな気持ちになるし、いいものだな、と思う。
僕たちは、バスのドライバーに話しかけたりしないし、ねぎらいの言葉も言わずに黙って降りたりする。
カンボジアに滞在していると、ぼくたちが持っていない、あるいは失ったそのような光景に、幾度も出会う。
その度に、経済的な豊かさと幸福度の関連について考える。
あまり考えすぎるとキケンなので(日本に帰りたくなくなる)、適度に自制しながら。



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