カンボジア研修とコロナⅢ 3つのメインプログラムはカンボジアへの「過剰な愛」が生んだ
カンボジアへの初渡航は、いやいやだった
ここからは、カンボジア研修オリジナルの3つのプログラム(授業体験プログラム・スラム炊き出しプログラム・いのちのディスカッションプログラム)について話していきたいが、その前に、「なぜ」この3つのプログラムが誕生したのか、その経緯について話しておこうと思う。
2014年の冬。ぼくは当時の学部長に呼ばれ、「2月のカンボジア研修の引率に行ってほしい」と打診された。
大学の教員になったばかりのこの年、それまでの小学校教員時代から比較にならない自由な時間を満喫していたぼくは、全力で断った。
そもそも海外に関心がなかったし、ましてやカンボジアなんて、という感じだった。
3回断ったが、あまりにもしつこかったので渋々承諾し、ぼくの初めてのカンボジア渡航が決まった。
ここで大切なのは、それほどまでに勤務する大学の教員は「誰も行きたがらなかった」と言うことだ。
そしてぼくは、初めての渡航でカンボジアに、メコン大学の皆さんに、カンボジアの人々に惚れ込んでしまった。そしてカンボジア研修に潜在する価値を実感し、毎年、研修の中身をリフォーメーションしていき、その価値を高め、学生に人気の研修になっていった。
そしてカンボジア研修の参加したい学生がぼくのゼミに入りたがり、そのような学生は優秀な学生が多く、教員採用試験にも多く合格した。
周囲の声・・・それでも、どうしてもカンボジア研修に関わりたかった
そうすると不思議なもので、大学の教員の中で「なぜ松井先生ばかりカンボジアに行くのか」と言う声が聞かれ始めた。
学部長からは、「今年で最後にしたら」と言われた。
実際のところ、ぼくがカンボジア研修の引率を担い続ける理由は、組織上はなかった。
国際交流センターの長でも委員でもなかったし、「なぜか毎年行っている」状態が続いていたのは確かだった。
しかし、ここまでカンボジア研修を成長させたのは自分であり、カンボジアの皆さんとの関係性をより強く築いてきたのも自分だという自負があった。
しかし、内心は焦っていたのは事実だ。
学部長にごねた。「カンボジアに行けないなら他の仕事もしない」と子供みたいなことを言った。
そして、ぼくのお母さんのようだった当時の学部長は、引率教員を「公募制」にした。
そこにはたくさんの条件がつけられており、ぼくが果たしてきた役割や工夫が列挙されていた。
そして公募期間は3日だけという荒技で締め切り、ぼくを引率教員として指名してくれた。
面白いことに、その公募自体にも文句を言う教員がいた。
「公募の条件が、松井先生以外は無理な内容になっている」
ばかばかしいと思ったが、何をしても言う人は言うということだ。
なんとか学部長の助けもあって難局を乗り越えたが、来年に向けて対策を考える必要があった。
そして生み出された3つのプログラム
カンボジア研修は例年2月か3月に実施するが、ある年の9月に訪問することができた。
カンボジアの在カンボジア日本人会がぼくに、学校や地域の安全に関する講演依頼をくれたのだ。
この訪問を画策(コーディネート)してくれたのは、在カンボジア日本人会の青年部会長で、本研修のコーディネーターとしてお世話になっている上田さん。
彼についてはまた、別の機会に詳しく紹介したい。
カンボジアには、ぼくの味方、仲間がたくさんいる。
王立プノンペン大学で、学生たちに学校安全に関する講演を実施した。
そして、同行した大学事務員の廣田さんとぼくは、夜な夜なホテルの部屋でワインを飲みながら議論した。
どうすればもっと、カンボジア研修の価値を高められるのか。
これまで、一緒に取り組んできたカンボジア研修を思い出し、洗い出しながら議論した。
その中で生まれたのが3つのプログラムだった。
教育学部の学生たちに、どのような体験をさせるのか。
日本で教育実習に行くが、そこでの授業ははっきり言って日本の子供たちが対象。授業の良し悪しは別のすると、どうにかなる。
しかし、カンボジアの子供たちに授業をする体験はどうだろう。言語、文化の違いをどう乗り越えて、授業の目的を達成するのか。
そこで考案したのが「授業体験プログラム」だ。
これまでの研修では、上田さんが長年お世話をしてきたスラムに訪問させてもらい、子供たちと交流してきた。
しかし、自分たちで考え、準備したものではない、大学として準備したお菓子を配る学生たちの姿に、ぼくは違和感を覚えていた。
先進国の学生が途上国の子供たちに施しを与えている構図。それを笑顔でしてしまっている学生たち。
それなら、学生たちが自分たちでメニューを考え、買い出しをし、調理して炊き出しを行うのはどうだろう。汗を流し、壁にぶつかりながら、スラムの子供たちの笑顔にたどり着けばいい。
その中で考案したのが「スラム炊き出しプログラム」。そしてもう一つのプログラムは、この9月の訪問でぼくがプノンペン大学の学生に講演をしたとき、学生たちの言葉からインスピレーションを受けたからこそ考案できたものだ。
ぼくが日本の学校で発生した事件について話したとき、プノンペン大学(日本でいうところの東京大学)の学生たちは、悲しみに満ちた表情を浮かべた。
そして、ぼくが「カンボジアでは学校の安全は守られていますか。このような事件や事案はありませんか」と問うと、学生たちは一様に首を振ってこう言った。
「カンボジアでは学校で子供が被害に遭うような事件は起こりません。だって心があるから」
その発言で考案したのが「いのちのディスカッションプログラム」だ。
日本の学生とカンボジアの学生で、「いのち」をテーマにその考えを交流させたいと思った。
日本に帰り、これらのプログラムを学長にプレゼンしたら、
面白いからJASSO(日本学生支援機構)の留学奨学金にエントリーしてみてはどうか。国の支援を得る研修になるのではないか。
とアドバイスをしてくれた。
そこで廣田さんとぼくで文書を作成し、エントリーしたら一発で採択された。
カンボジア研修は、こうして新たな3つのプログラムが考案され、国の支援を得る研修へと成長した。
次回から、それぞれのプログラムにおける学生の姿を紹介したい。