「コロナ禍の新任教師たち」① 教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.6
緊急事態宣言下で教師生活をスタートしたゼミ生たち 2020年4月は、ぼくのゼミ生5名が教員採用試験に合格し、晴れて教師として各地に赴任していった。ところが、これまでの新任教師とは大きく状況が違っていた。 当初は3月から春 […]
「学生の変化」 教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.5
実態調査から見えてくる学生の将来像の変化 2019年11月に、参議院の文教科学委員会調査室が教員採用試験の競争率低下について、その調査結果について報告した。そこでは、公立学校教員採用選考試験の実施状況について、平成12年 […]
「変容する教師の価値」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.4
今から(2021年6月現在)4年前、ぼくがゼミ生の教育実習訪問に行った時のことだった。そのゼミ生(S子)は、元々の学力はさほど高くはなかったのだが、それを補って余りあるほど人間性に優れ、全国規模で活躍する部活の、部員80 […]
「教師を生み出す場」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.3
教師という職業は、社会的地位が高いと思いますか。 前回、「教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか」No.2では、ぼくが教師という職業に「憧れ」た瞬間について述べた。ぼくは幸運だったと言える。自身の人生を「憧れ」から道づ […]
「憧れ」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.2
ひと昔前であれば、教師は憧れの職業であり、羨望の的だった。小学生のころ、友達の親が学校の先生と聞けば、その子供自身が周囲から尊敬され、よくできる子供に違いないという評価が労せずして得られたものだった。もちろん、その評価は […]
「教師像のイノベーション」教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか No.1
プロローグ 「教師はなぜ、憧れの職業ではなくなったのか」このテーマは、ぼくの中でずっと燻っていて、いつか研究し、検証して考えを述べていきたいと思っていたテーマだ。目の前の学生たち、ぼくのゼミから教師になった新任教師の姿に […]
附属池田小学校事件 20年〈その3〉被害者遺族が伝えてくれたこと
事件を知らないコンプレックス 前回の記事(6月11日配信)でも述べたように、ぼくは2005年の春に附属池田小学校に赴任した。校内には、そして教師の中には、まだ生々しく事件そのものが残り、そのために日々が動いていた。20 […]
附属池田小事件 20年〈その2〉 教訓は伝承されているか
どれくらいの教師が、この事件を知っているのだろう 20201年6月8日。ぼくはゼミの学生を大阪教育大学附属池田小学校に連れて行った。2001年6月8日に起きた事件から20年目のこの日、「祈りと誓いの塔」の前で献花し、事件 […]
附属池田小事件 20年〈その1〉教訓をどのように生かすのか
伝承されてこなかった事件 実は、ぼくは大阪教育大学附属池田小学校(以下、附池小)で、2005年から2014年まで教員をしていた。そして、2014年から大学の教員になった。附属池田小学校で研究し、実践してきた「その先」を […]
“ceis”「その先の教育へ」とは
コロナ禍の新任教師 このたび、ぼくがこのブログを開設しようと思い立ったきっかけは、間違いなく「コロナ」だろう。今この時点でも、勤務する大学は遠隔、課題授業が継続されている。学生は諦めムードで日々を過ごし、学校は正解のわか […]